第5章宇宙原論序
11

輪廻転生2

2005年5月7日
12

輪廻転生3

2005年5月14日
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輪廻転生4

2005年5月19日
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霊界の実相

2005年5月16日
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生と死の概念

2005年5月30日
  • 第5章 11
  • 輪廻転生2
  • 2005年5月7日
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現世に生きる私たち地球人類の魂は、あくまでも地球で生まれた純粋地球人であり、同じ魂が肉体を伴って何度も転生している存在ではありません。

すべての魂は、宇宙創造神の個別の分霊として誕生し、絶えず物性を持つ三次元の地上世界を介して、繁殖・進化するようになっています。

肉体を脱いで霊となりましても、いずれは3次元の地上世界に復活して、自分と似たカルマや遺伝子、また、同じ使命を持つ子孫などに、守護霊や協助霊として働くことで、その恩恵を受け、魂が進化成長していきます。そして、地上世界の人間が、神の子としての自覚に立ち、進化成長をともに成し遂げるまで、地上世界に転生を繰り返す仕組みとなっています。

過去の記憶が蘇るという現象は、自分と一体し背後にいる、守護霊や協助霊たちの意識そのものであり、自分と似た遺伝子や使命を持って存在しているという意味では、自分の前世意識と思うのも無理はないでしょう。

守護霊の多くは、自分の遺伝子のルーツとなる先祖の霊たちであり、協助霊の多くは、自分と同じ使命を持つ霊が、ほとんどであります。

また、銀河宇宙時代の夜明けとなる現代においては、地球人の霊以外の宇宙霊、すなわち、神々や天使と呼ばれる宇宙生命体の霊が一体となるケースが多くなり、宇宙意識に目覚める地球人が増加しています。

地上世界は、あくまでも人間の進化の過程のなかで、神の子として宇宙創造神の永遠の愛と真理を学び、第二の創造主として大宇宙を治めて行くための成長の場です。愛と真理を習得し、第二の創造主として、宇宙本源の愛に満たされて生きる本質世界が、人間自ら創造して行く永遠の霊世界であります。

この度の地球創生は、永遠の愛につながる霊世界の創造が同時に始まる、一大プロジェクトでありましょう。

  • 第5章 12
  • 輪廻転生3
  • 2005年5月14日
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地球人類の先祖は、銀河宇宙の愛と真理の取り扱いを誤ることで、リラから始まった銀河宇宙人類のカルマを、自ら地球上に再現してしまいました。そのため、人類のカルマを清算し、宇宙本源の愛と真理を地上世界に顕現した理想世界を実現して行くまで、地球人類は、転生を繰り返す仕組みとなっています。そして、いく度も輪廻転生する人、ほとんど輪廻転生しない人というように、それぞれに事情は異なっています。

それでは、転生のサイクルはどのようになっているのでしょうか。これは、人類のカルマ清算の歴史と深く結びついており、一定の数理条件で輪廻転生するようになっています。

A・トインビー博士をはじめとする歴史学者や哲学者が、『歴史は繰り返す』と説かれたように、歴史は一定の数理性を持って、螺旋循環を繰り返しながら発展しています。このような人類歴史は、カルマの歴史を超えて、人類が神の子として、宇宙本源の愛と真理による理想郷を地上世界に創建し、人類のすべてがカルマから解放されて、すべての人類が、神の子として成長進化するまで継続することになります。

カルマ清算に関わる人類の歴史は、個人を最小単位とした6・66年サイクルを基本に、個人が集合した民族のサイクルは、666年サイクルを基本に、構成されています。また、世界の縮図となっている大和民族のカルマが清算されることは、銀河宇宙歴史のカルマが再現された、人類歴史のカルマを清算する雛型となっています。そして、キリストの受難以降の人類の歴史は、666年サイクルの3次2000年を迎えることで、人類のカルマ終焉と地球創生の希望の時代を迎えています。

先祖から受け継いだカルマ清算の期間は、背後に転生している無数の霊とともに、6・66年を個人の基本サイクルとして、ともに霊性を高揚進化させて行く期間となっており、6・66年でカルマの清算がなければ、3倍の約20年間を、同様に、20年間でカルマ清算がなければ、約60年間のカルマ清算の道を歩むようになっています。

また60年間で清算がないときは、約180年に延長される計算ですが、現代人の短い寿命からすれば、60年がカルマ清算に与えられた期間であるということであり、60年のカルマ清算期間を超える過去の多くの人類は、何度も霊界からの転生を繰り返し、紆余曲折しながら、霊的な成長を遂げてきたということです。

このように、個人的なカルマの集約が、社会や国家に反映し、集合的なカルマが人類歴史を動かしてきた要因となっています。

最近では、6・66年で先祖のカルマを清算する新人類が誕生していますが、精神的に過敏なために、周辺の人的環境になじめず、社会的な集合カルマに影響されながら、やむなく20年、60年とカルマ清算を延長している方々が多くおられます。

それでは、先祖霊はどのような条件で転生するのでしょうか。基本的には、同じ魂の鋳型を持つ、7代ごとの子孫の誕生とともに、守護霊の一人として転生し、子孫のカルマ清算を助け導くことで、ともに霊的な成長進化を遂げるようになっています。自分の魂とよく似た遺伝子を持つ子孫が、7代ごとに生まれてくるということであり、血統的な守護霊として7代、13代、20代‥‥と、6・66代の倍数を基本とした霊団が、個別に構成されています。

地球霊の中には、動物的な本能だけで生きていた存在もあり、霊体としての自覚もなく、地上世界に執着して留まっている霊も数多く存在しています。地球霊界解放の光が、このような霊人たちに届くためにも、144,000人を先人とした、地球創生の担い手たちの早い目覚めと行動が、ますます望まれています。

  • 第5章 13
  • 輪廻転生4
  • 2005年5月19日
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肉体を離れ、霊となった魂は、カルマを清算して神の子として完成するために、カルマを持った自分の遺伝子につながる子孫や、同じような使命を託された地上人の体に憑依し、いく度も地上で生きることで、地上人とともに自らも成長し、過去に実現できなかった願いと使命を、達成して行くようになります。

ですから、みなさまの背後には、自分とよく似た複数の霊や同じような使命者が、ともに存在しているということです。基本的に背後の霊は、心の成長とともに段階的に入れ替わり、地上人の魂の成長とともに成長し、魂の覚醒と目覚めの変化によっては、それに対応した別の霊が降りてきます。

霊の転生は、幼い魂ほど転生の機会は多く、高次に成長している魂ほど、転生の機会は少ないようです。数千、数万年に僅かな転生を繰り返している霊は、それほど霊性が成長進化している存在であり、霊的に共鳴する地上人がいなければ、降りることもできないわけですが、進化の度合いによっては、地上に転生する必要もないでしょう。

今回の地球創生は、ヤハウェをはじめとした霊的宇宙生命体が、地上に降臨できる時代であり、彼らの霊性に近い魂に成長した地球人たちが、出現し始めているという証明であります。

また、地球創生の先人となる144,000人につきましては、中枢的な存在ほど、背後霊の転生経験は数えるほどで、虚構の現実世界と噛み合わず、霊的ギャップの中で、苦悩せざるを得ない人生を過ごしておられる方々が多いと思います。

今回の地球創生に向けて、地球霊は、一斉に滝のように地上に降りはじめており、救いを求める彼らの必死な働きにより、誰もがアセンションの道を行かざるを得ない時代に突入しています。もちろん、アセンションは段階的に成されて行くものであり、なかには何世代もかけながら、覚醒して行く人もありましょうが、時代的な経緯からすれば、今が最もアセンションにふさわしい、恵まれた時代でありましょう。

みなさまは、決して一人ではありません。みなさまとともに、背後には数多くの霊が存在しています。彼らはみなさまを通して、地球創生に向けた働きをすることを願っています。なぜならば、それにより、彼らの霊的な成長進化が、ともに成されるのであり、みなさまを通して救いの道に至ることができるからです。

  • 第5章 14
  • 霊界の実相
  • 2005年5月16日
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いつの世でも人々は真理を求め、救いの道を模索しながらも、虚偽の現実世界に苦悩してきた歴史をみることができます。なかには、生きながら地獄の修羅場を余儀なくされ、呪縛の現実世界から解放されるために、あの世といわれる霊界に、救いを求めて行かざるを得なかった苦悩の姿を見ることができます。

多くの宗教には、極楽や天国に救いを求めてきた思想があります。戦争と殺戮が当たり前の時代には、現実世界に理想を求める糸口がなく、あの世といわれる霊界に、救いを求めるしか道がない時代でした。そして、救いを求める多くの人々は、極楽や天国にこそ救いがあると信じて、霊界に旅立って行きました。

しかし、霊界の実相は、生前に描いていた極楽や天国とは異なる世界が待ち受けているという事実を、事前に知る人は、多くはいませんでした。待ち望んでいた霊界は、地上世界の現実が投影された意識の世界であり、そこには、極楽や天国が待っているのではないということです。

現代の宗教世界にも、霊界に救いを求める人々が数多く存在しています。しかし、霊界の実相は、従来説かれた思想とはまったく異なった実相です。宗教宗派を問わず、多くの宗教人は、この実相に対して、異端であるとして反対するでしょう。今まで偽りの真理に救いを求めざるを得なかった苦悩の人類歴史を見れば、やむを得ないことでありましょう。

世界宗教の祖となった釈迦やイエスをはじめ、多くの聖者、預言者が現代に復活するならば、宗教の壁を越えてともに動き、すべての教義を現代の人類に合わせて説いてくれるでしょう。真理は人類の成長とともに進化して行くものであり、言葉に縛られるのではなく、言葉の背後にある真意を悟るべきものであります。

それでは、霊界の実相はどのようになっているのでしょうか。

霊界は、地上で生きた人間が、肉体を脱いで行く永遠の世界でありますが、霊界は物性を超えた意識の世界であり、過去の多くの魂が集合して、創造されている世界であります。また、地上での魂の成長進化のすべてが、結果として投影されている世界であり、地上で成されたことが反映している世界でもあります。

地上世界で成されないことは、天上の霊界でも成されないのであり、地上世界に極楽浄土や地上天国が成されない限り、霊界にも、極楽浄土や天上天国は、存在しないということであります。逆に言えば、地上世界で成就したことは、あの世でも成就するということであり、すべてが写し鏡のようになっているということです。あの世に希望を託されておられる方々に取りましては、受け入れがたいことでしょう。

もしも、誰もが霊界の天国や極楽に行くことで救われるとすれば、人間は、地上世界に輪廻転生する必要はないでしょう。あの世にこそ希望と救いがあると説く思想を土台とした、宗教による人類救済の歴史は終焉し、宇宙次元の新しい超宗教理念が、登場せざるを得ない時代を迎えているということです。

非物性次元の霊界では、物性の拘束からは解放されて、食べることや寝ること、身体機能の維持に関わることや、病気など体の障害による苦痛からは、開放されることになりますが、心の世界においては、地上世界での意識が、そのままに反映される世界であります。

カルマを持った意識は、霊界にもそのまま反映されることとなり、地上世界で宇宙本源の愛の光に触れなければ、霊界に行っても同じであり、魂が神の子として成長進化するまで、地上に輪廻転生することになります。

失望と苦悩の人生から逃れるために、自ら命を絶つ方々が、年々増加している悲しい現実世界ではありますが、霊界に行っても苦悩から解放される道はなく、結果的に、自らの魂を苦しめるだけである厳しい現実に、直面するということです。苦悩から逃れる楽な道はなく、あるとすれば、自ら苦悩の境遇を避けることなく、自らの可能性を信じ貫いて、挑戦して行くしかないということです。

凶という文字は、八方位がふさがれていることを指していますが、上だけは空いており、上に動くこと、すなわち、自らの魂を高め、成長させることが、唯一残された道であるということでありましょう。

本来、人間は宇宙の縮図とたとえられるように、誰もが神の子であり、心の内に神の愛の光を宿している存在であります。いつまでも虚偽の世界に真理と救いを求め、他に責任を依存している限りは、苦悩から解放されることはないでしょう。すでに、みなさまの心の内には、生まれながらにして神の神性が宿り、神々や天使と呼ばれる霊的宇宙生命体が、ともに存在しています。自ら素直な心で祈り求めて行くときに、必ずや適切な道を開いてくれるでしょう。

どんな苦悩する境遇にありましても、見えざる神々・天使(霊的宇宙生命体)がともにある自分であることと、その可能性を信じ貫き、不屈の信念を持って、今の時代を乗り越えて行かれるみなさまでありますように、心から祈念したいと思います。

心の内に光を見出す人は幸いなり
彼らは自らの心に神の愛を見出すであろう。

自らの心に神の愛を見出す人は幸いなり
彼らは地上に平和の世を創り出すだろう。

地上に平和の世を創り出す人は幸いなり
彼らは天上(霊界)にも平和の世を創り出すだろう。

天上に平和の世を創り出す人は幸いなり
彼らは神の愛に包まれながら永遠に生き続けるだろう。

フランシスコ・ガブリエル

  • 第5章 15
  • 生と死の概念
  • 2005年5月30日
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過去の人類歴史において、生と死をめぐり、多くの思想家、宗教家がさまざまに苦悩しながら、その本質を探し求めてきた経緯があります。

土から生まれた肉体は、いずれ土に戻る運命であり、肉体の死を迎えることは、自然の摂理であります。生と死の概念を説く従来の思想や哲学の多くは、霊的な世界に対する不認識から物質生命に固執し、肉体の死に対する恐怖心から、免れることのない呪縛にあったといえます。

それでは、なぜ人間の本性は、誰もが永遠の命を求めるのでしょうか。人間が本来有限的な存在ならば、死に対する恐れはなく、また永遠性を志向することはないはずです。人間誰もが永遠性を志向するということは、人間は本来、永遠に生きるように創造されているという証明でもありましょう。

人間は、有限なる地上世界で愛の本質を学び、自ら愛を体現する人生体験を積んだのちに肉体を脱ぎ、霊的な世界で永世するように創造されており、肉体の死は、決して命の終わりではないということであります。

お母さんの胎中で、10月10日を過ごしている胎児には、真っ暗なお腹の中がすべてです。しかし、10月10日後には胎中から脱し、光のある新しい世界に誕生することとなります。同様に、地上での生活を終えた人間は、その肉体を脱いで、永遠の霊的世界に移行し、永世するように創造されています。このような現象は、たとえば土中の幼虫が成長して地上の蛹となり、殻を捨てて空を飛び交う蝶のように、自然界に偏在する生命の進化の法則でありましょう。

生は、地上の人生だけを指しているものではなく、また死は、人間の進化の中で、永遠に生きるための段階的な肉体の死のことであり、魂の死ではありません。人間の本質は、まさに霊であるということです。

宇宙創造神の永遠の愛を種として誕生した人間の本質は、地上世界に一度生まれたら、永遠に生き続ける霊的な存在であり、魂の完成とともに、宇宙本源の愛に抱かれながら、愛の歓喜の中で、永遠に生きるように創造されています。いずれは誰もが直面する死ではありますが、それは決して永遠の別れではなく、地上世界の中での別れであります。

人間の死は、神の子として愛を体現したあとに、自然死による霊界への移行が本義であります。しかし、神の子としての人間の成長進化がなされるまで、何度も地上に転生を繰り返すというプロセスを通過しています。

故人を霊界に送ることは、確かに辛く寂しいことですが、決して忌むことではなく、新しい進化成長に向けて、再び転生の道へと送り出す大切な祝いの門出であり、これが肉体の死の本義でありましょう。

いずれ、転生を繰り返しながら成長進化した魂は、お互いに霊界で永世するようになるでしょう。有限なる地上の人生には限りがありますが、成長を遂げた魂には、永遠の愛による歓喜の世界が待っているということです。

地上で成されないことは、天上でも成されないと言われるとおり、地上での生活が、霊界の様相を決定する要因となることを思いますと、この度の地球創生にかけられた銀河宇宙世界の願いは、新しい霊界の創造に関わる一大プロジェクトでもありましょう。